「新堂本兄弟」をみて

感想文チックなタイトルになってしまった〜。

この番組、エレカシがゲストということで、今回初めてみた。
レギュラー陣が大勢いるんですね。

宮本さんの人生を振り返るというコーナーで、
司会者に、バンドを結成しようと持ちかけたのは
宮本さんだったのかを聞かれて、
「いや多分あの」云々と話しながら、隣に座ったギターの石君の
ほっぺをつねり、
後ろの席にいるドラムのトミの方に振り向いた宮本さん。
つねられていた石君は、いつものように穏やか。

その様子に、周りのレギュラー陣は
「何でつねった?」「何でメンバーつねるんすか」と
ツッコミをいれていた。
TM REVOLUTION の西川さんが、
「それを受け入れてる状態もダメですよ。甘やかしちゃだめですよ。
こういう状態よくないですよバンドとして。
顔真っ赤じゃないですか」と言っていた。
確かに石君の顔、赤くなっていた。
後ろの席のメンバー二人は、ククッという感じでやさしく苦笑い。

一般的には、こういうのダメな状態なのかな、そうかも普通は、と思う。
でも、やっぱり人それぞれというか、バンドそれぞれというか、
関係性それぞれというか...。
エレカシの場合、宮本さんと石君の こんな関係は、すごくほほ笑ましく思える。
宮本さん、石君と出会えてよかったね、と思ってしまった(いつも思ってることだが...)。
そして4人でバンドを長く続けているのも、ほんとに素晴らしいことだと思う。

ところで、宮本さんが生まれた病院は日本医科大学だと紹介されていた(ボードに書いてあった)。
日本医科大学って、やっぱりあの、千駄木にある、あの日本医科大かしら。日本医科大学は、川崎にもあるそうですが...。
文京区にある日本医科大学は、根津神社のすぐ近くにあるんですよね。

私は随分前に千駄木に住んでいたことがあるのですが、
そういえば千駄木には、鷗外記念本郷図書館という図書館がありました。
でも、いったことがあるものの、記憶があいまいです。
たしか、敷地内に鴎外ゆかりの樹が生えていたような...。
あの頃、もし私がコアなエレカシファンだったら、
もっと館内をじっくり見てまわっていたかも。
あの頃はもっぱら、岡村靖幸オザケンの曲を聴いていたのだった。

この図書館は、鴎外が暮らしていた住居(鴎外が観潮楼(かんちょうろう)と名付けたそう)の跡地に建てられ、
鴎外記念室を併設していたそうです。

文京区立図書館のホームページ内の、
本郷図書館のページ( http://www.lib.city.bunkyo.tokyo.jp/lib02-hongo.html)
をみてみたところ、

平成18年4月、観潮楼から徒歩3分ほどの現在の地に、
鷗外記念室と分離して、図書館のみが移転したそうです。
平成24年の秋に、観潮楼跡地に「森鷗外記念館」(仮称)が開設予定だそうです。来年だ。
秋か...。文学散歩にぴったりの季節ですね。