「ココロをノックしてくれ」と「ドアをノックするのは誰だ?」

また、車を運転していて、角を曲がり忘れてしまった。
エレカシの曲「ココロをノックしてくれ」が大好きなので、ついじっくり聴いてしまった。

この曲を聴くといつも連想するのが、オザケンの「ドアをノックするのは誰だ?」である。
アルバム「LIFE」に入っている曲。

この2曲、すごく共通していると感じる。
なんというか、曲の作者である、元・孤高のアカデミック王子(46歳の宮本さんをつかまえて「王子」と呼ぶのは無理があるような気もするが...元、ってことで)が、下界に降りてきて俗世間で歌ってる感じがある(あくまで個人的な感想です☆)。わかりやすい言葉で、俗世間で一瞬一瞬を楽しんでいる「僕」と「君」、あるいは「俺」と「お前」の姿を歌っていると感じる。

歌詞には、かつてないほど分かりやすい、というか俗っぽいような言葉が使われている。オザケンの場合は「爆発○る 僕のアムール」「爆音でかかり続けてる○ヒット曲」などなど。これが小沢くんが書いた詞なの?と当時、すごくびっくりしたものだ。
エレカシの場合は「コンビニ○サンドイッチでも買ってさ」「カーステから流れてく○なじみのメロくちずさみ」という所(スイマセン、ブログに歌詞を載せるのってグレーゾーンっぽいので、部分的に伏せ字にしてみました。でもほどんど伏せてないが(笑))。

両作品とも、作中の人物が一瞬一瞬に生きるきらめきを歌っていて、その一瞬一瞬こそが永遠なんだってことが伝わってくる。

ず〜っと前、アメリカ文学が好きな友達と話していて、私が「小沢君って、サリンジャーの登場人物でいったらシーモアみたいな気がする」と言ったら、友達は、「いやバディだよ」と言っていた。確かにバディに似ているような。小沢くんも、エレカシの宮本さんも。

芸術家って、俗世間の中で自問自答を重ねて、何かを「超えたもの」を表現する。表現せずにはいられないギリギリな感じが伝わってくる作品に触れるとびっくりするし、そういう作品に出会えるとすごくうれしい。